萌えキャラ認定中:キャロ・ル・ルシエ
『Pain to Pain』ヴァイスと犬が並んで寝ている姿を冷静になって眺めると、非常に愉快ですな(笑)。

今週は、ちょっと面白かったかな? ヴィータの件の決着が結局つきませんでしたが(無事みたいでしたけど)、基本的に「みんなでハッピーエンド」は譲れないので、苦境を上手く演出してもらえると嬉しいかな……と思います。そのあたりの期待を持てたので、その分は「熱血バトルを楽しめた」という感じでしょうか。
私は、物語であるからこそ悲劇は幸福の対価であるべきだと思っていますし、少なくとも現状のストーリーからは誰かが犠牲になる「必然性」を全く感じないので、(少なくとも六課メンバーには)死亡フラグなど最初から存在しないと信じています。
#まあ、これはしょせん好みの問題なので、面白ければ無視してもらっていいんですが……。

で、
あれからいろいろと考えた結論として、『StS』はひとつの事件を扱った物語ではなく、様々な事件に立ち向かう「六課メンバー(管理局員)の青春群像」なんですね。そう捉えると、色々と納得できます。たまたま「スカリエッティ事件」が取り沙汰されているだけ……という感じでしょうか。
無印では、なのはがPT事件に巻き込まれたことで物語が展開しました。巻き込まれなければ、フェイトとの出会いも無かったわけです。これは、『A's』でも基本的なロジックは同じですね。でも、『StS』は(物語上の設定はスカリエッティ事件をベースにしていますが)あくまでも「六課のメンバーとして戦うこと」を話の前提に置いています。
要するに、裏に「スカリエッティ事件」という大前提が横たわってるわけですが、なのは、フェイト、はやて、ヴォルケンズ、スバル、ティアナ、キャロ、エリオ……は、それぞれのロジックで「六課メンバー」として戦ってるわけです。べつにそれは「スカリエッティ事件」があろうが無かろうが実際には関係無くって、「スカリエッティ事件」が無くても彼女らは六課メンバーとして同じ道をたどっている……それが近道か遠回りかという程度の違いしか無いような気がします。
スカリエッティが居なければ六課は生まれなかったとかそういうツッコミもあるでしょうが、それは設定上の問題で、物語のテーマとはまた違う話です。尤も、スカリエッティ事件が決して突発的なものではなく、彼女らが自らその立場を選んでいるという時点で、よくある事件ベースの物語展開とは方向性が異なります。

結局のところ、スカリエッティが「みなし悪」である前提で「勧善懲悪」を避けようとすると、事件ベースの物語展開にはしにくくて、その事件とどう関わっていくかという人ベースの物語展開にならざるを得ない気がします。
そう考えると、はやてやヴォルケンズのロジックは、『A's』を知っていればわりとわかりやすいんですね。彼女らのロジックは、相手がスカリエッティだろうがなかろうが、それが社会的脅威であれば何ら変わるところはないんです。一方で、他のキャラは、個人的にはまだまだ理由づけが弱い気がするし、演出のしかたにも疑問を感じています。
今回、とくに気になったのは、キャロがルーテシアを説得にかかった場面です。キャロの性格や経緯、その他諸々を加味すればたしかに妥当なシーンなんですが、無印や『A's』のように2人の関係を積み上げてきた結果のシーンではないので、「キャロがルーテシアに対して必死になる理由は何?」という点で、やはり演出としての説得力に欠けます。これがまだ物語の中盤ならいいんですが、終盤でこれは少し厳しいと言わざるを得ません。
結局、ルーテシア団(?)と六課の関係をどうしたいのかというところで、とおりいっぺんの説明はあったものの、それは積み上げた上での結果ではないんですよね。敵味方間での関係性の積み上げをしてきていないのに、かなり唐突に無印におけるなのはとフェイトのロジックを持ち込まれたような感じがして、妙な違和感を覚えました。

なのはにしても、ヴィヴィオという存在があることで、いちおうスカリエッティ事件の当事者(という書き方はおかしいんですが)になりました。でも、べつになのはの立場であれば、ヴィヴィオなんて居なくったって、スカリエッティと戦う理由なぞ掃いて捨てるほどあるはずです。
おそらく、『リリカルなのは』としてのなのはの主人公性を保つため、彼女なりに必死になれる理由を作った(なのはは、実質的にはプロジェクトFの当事者ではないので)のだと邪推しますが、どう考えても納得いかない。というのも、なのはとヴィヴィオの間には、キャラとしての背景上、共感できるところは何も無い気がするんですね。むしろ、なのはの位置に居るべきはフェイトかはやて、あるいはスバルではないかと思うんです。
そう考えると、そもそもヴィヴィオって、スカリエッティの狂気を演出する以外に必要な存在だったのかなぁ?……という疑問も浮かんできてしまいます。事件ベースの物語と考えると、「敵」であるスカリエッティやナンバーズとの直接的な対立無しにヴィヴィオを持ち出しても、なのはの動因としては弱すぎます。逆に、人ベースの物語であれば、彼女がその感情を向けるべきはヴィヴィオではなく、スバルやティアナであるべきだと思うんですよね。

これは、テーブルトークRPG(とくにゲームマスター)をやったことがある人ならわかっていただけるかもしれませんが、人を「事件」に導引する「きっかけ」として、「正義感」ほど曖昧で役に立たないものは無いんですよ(アニメだと、けっこう「正義感だけ」で動いちゃう主人公は多いんですが)。勧善懲悪モノか、あるいは「悪はこの俺が許さねえ!」くらいまでに感情が昇華してないかぎり、正義感で人は動きません。動いてくれると楽なんですけど、動かないものは動かないんです。
では、そこに何をオンすれば人が動くかというと、ひとつは「過去」「因縁」「対立」といった背景から生まれる、ゆるぎないアイデンティティです。「奴だけは許せない」とか「こいつは絶対に俺が守る」とかですね。事件ベースの物語の場合、キャラのアイデンティティをいかに刺激するかが重要で、その要因が事件と密接に結びつくことで、キャラが事件へと積極的に身を投じていくことになるわけです(
前回はその演出手法として「ライバルの出現」を挙げました)。
しかし、繰り返しになりますが、なのはは、スカリエッティやプロジェクトFと直接的な因縁を持つわけでもなく、間接的な要因であるヴィヴィオにしても、「はやてとヴォルケンズ」あるいは「なのはとヴィータ」などと比べると関係性が唐突で、なのはが生まれ育った環境も考慮すると、「正義感」の域を出ていないように思えるんですね。
じゃあ、他の動因はというと、思想・信条・理念です。要するに、全ての事件に対して等しく向けられる「正義」ですが、ここに「立場」や「社会的役割」が加わることで、そのキャラは事件に立ち向かえるようになります。早い話が、おまわりさんとか消防士さんなんですよ。
このパターンは、事件そのものよりもむしろ、事件を通してその立場や役割とどう関わっていくかという人ベースの物語になります。なのはの場合、「六課」という立場があります。フェイトやはやての親友という役割があります。じつは、これだけで、なのはがスカリエッティやナンバーズと戦う理由は必要十分なんですよ。そう考えると、なのはにとってヴィヴィオって何なんだろう?……という疑問が浮かんできます。
また繰り返しになりますが、はやてやフェイト、スバルなら、その境遇から、ヴィヴィオに対して特殊な感情を抱いても不思議ではないと思うんですよ。でも、六課の主要キャラの中では唯一、何不自由無くぬくぬくと育ってきたなのはでは、きちんと積み上げをしていかないと、どうしても感情的な部分で弱いんですね。この面子の中にあって、「なぜ、なのはなのか?」という点でどうにも説明がつかない気がします。
だったら、彼女が今、ヴィヴィオに向けている感情をスバルやティアナ、あるいはフェイトやはやてに向けるのが、なのはの「六課の中での役割」としては大事なんじゃないかな?……と、私などは思ってしまいます。ここに、「なのは」という「主人公」の曖昧さがあって、個人的には気持ち悪いんですね。
ここから先は完全な暴言なので笑いながら読んでほしいんですが、もし仮に、なのはにヴィヴィオがあてがわれた理由が「なのはの(何も特殊な過去が無いという)特殊性」にあるのなら、私はむしろ、「なぜその特殊性を、六課の中で生かせないのか?」と問いたいくらいです。なのはとはやての関係性さえ明確に構築できていない現状を考えれば、ヴィヴィオなどというエクスキューズを用意する前に、もっとやれることがあるんじゃないのかなぁ?……と思います。
どうもこのあたりに、『StS』の構造的な問題を感じるんですよね。

で、ここからさらにティアナの存在意義についての話も書こうかと思ったんですが、話がどんどん発散していってしまいそうなので、ここらで止めておきます。気が向いたら、そのうち書くかもしれません。
話があっちに行ったりこっちに戻ったりで、取りとめなくて申しわけないです。私自身も「やわい」ところで論理展開を進めているので、ちゃんと武装できているわけじゃないです。論点がどんどんズレていっているのも、自覚しています。
でまあ、こんな小難しいことを考えながら『StS』を見てて楽しいか?……と思われるかもしれないんですが、それは逆で、どうにも素直に楽しめない理由をつき詰めたらこうなっちゃった……というところです。
それにしても、「熱血バトル」から始まってこんな話になるとは、私も思ってませんでしたが(笑)。
まあぶっちゃけ、最終回まで見て納得できれば、それで問題無いんですけどね。来週からは、もっと素直に楽しむように努力します(滝汗)。
いいわけのようですけど、基本的に『なのは』は好きなんですよ。懸命に『StS』を理解しようとした過程……と捉えていただけると幸いです。無印も、私は「認めない」とか言ってますが、放送後わざわざ制作に文句(笑)のメールを送りつけてるんですよね。『なのは』以外では、そんなことやってませんから。