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携帯じゃなくて、電子ブックリーダーのほう。

ソニーのReaderもあったので触ってきたけど、見た感じはGALAPAGOSのほうがいい感じだった。
事前の情報だと、Readerのほうがコントラストが高く活字を読みやすいという話だったけど、個人的にこの意見には賛成しない。Readerは確かに高コントラストだけど、16階調のせいかアンチエイリアスが不充分に感じ、文字のデザインという点ではあまり読みやすいとは言えない。とくに、文字を少し小さめに表示すると、かなり読みにくくなる。
一方のGALAPAGOSは、やはりカラー液晶ということで、文字を小さくしてもしっかりアンチエイリアスが効く分、読みにくさを感じない。おそらく液晶パネルの優秀さもあると思う。(実際、IS03も文字を小さくしても読みにくくならない)

操作感は、書籍を選択する画面でかなりもたつきを感じたけど、内容を表示して以降はさほど気にならなかった。縦横の切り替えはもう少しスムーズだと嬉しいけど、逆に感度が良いとうっかり縦横が切り替わってしまうことも有り得るので、バランスが難しいところかな。

ホームモデルは、サイズに比して解像度が足りずイマイチ。雑誌のサイズに近いけど、雑誌を1ページ表示しても文字を読むにはツラいレベル。結局、拡大しないと雑誌を読めないので、これならモバイルモデルでも操作性は変わらない気がする。文庫本なら、文字が大きくないとツラいという人でなければ、モバイルモデルが良いと思う。

個人的には雑誌を読むツールとして検討してるんだけど、ネックはやっぱり値段かなぁ。正直、4万円はちと手を出しづらい。ただの書籍リーダーとしてだけでなく、通常のAndroidタブレットとしても使えるのなら魅力的なんだけど。

シャープのGALAPAGOS戦略に対しては賛否両論あるけど、どうなのかなぁ。シャープとしてはあまり変なムーブメントを起こしたくないのか、ものすごい積極的な攻勢に出ているようには見えない。店頭販売しないのも、値崩れを起こしてブランドイメージが下がることを恐れてのことだろうけど、プラットフォームを普及させるという点では厳しいのではなかろうか。
いちおう、GALAPAGOSは垂直型サービス全体の名称なので、シャープとしても今回のメディアタブレットだけでなく、スマートフォンにも展開していく予定があるらしい。だとしたら、IS03とかに最初からGALAPAGOSを提供すべきだったんじゃないかなぁ。だって、スマートフォンの販売台数だけ、見込み顧客を確保できるんだから。

メディアタブレットの値段を見てしまうと、やはり二の足を踏んでしまう。自炊派とか、そもそも電子書籍に対する期待値の高い人なら、あまり迷わないかもしれないけど。これから電子書籍の世界に飛び込もうという人にアプローチするには、やはり高価と言わざるを得ない。
個人的には、スマートフォンなど既存のプラットフォームに並行で展開して、まず裾野を広げる。そして、スマートフォンの画面サイズなどに不満を持った人が、専用のメディアタブレットを買う……という流れを作ったほうが、サービスとしては道筋をつけやすい気がするんだけどなぁ。コンデジからデジイチに誘導する……みたいな。
しかし、メディアタブレットの値段を見せられると、シャープがサービスを売りたいのか端末を売りたいのかがわからなくなってくる。スマートフォンにプラットフォームをばらまくと、メディアタブレットの売りを食う可能性はあるからね。でも、サービスを売りたいなら、それでもいい気がする。

というわけで、いろんな意味で戦略が中途半端に見えるGALAPAGOS。もうしばらく様子見かなぁ。
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2010.12.17 Fri l 雑談 l コメント (2) トラックバック (0) l top
【主張】都性描写規制条例 子供を守る当然の改正だ

非常に低レベルな記事を見つけたので、思わず。これを書いた人がどれくらい真剣なのかはわからないけど、あまりと言えばあまりの内容。

そもそも、「子供を守る」ということが何なのかという定義が無く、この記事が勝手に言い放っているだけで実体がどこにも無い。だから、「「表現の自由」を人質にとるような反対は、議論のすり替えと言わざるを得ない」という意見に対して、「「子供を守る」なんて免罪符をかざして押し通すのは、議論のすり替えと言わざるを得ない」と言わざるを得ない。

「改正は「18歳未満に見せない」との趣旨だ」「創作を妨げるものではない」と言うものの、じゃあどのレベルなら、どのように公開すれば問題無いのかという点については、創作者の側に責任を押しつけている。「条例が決まったんだから、どうやって守るかは自分で考えろや」って感じ? これでは、「創作活動が萎縮する」と反対するだけで具体的な方策を描けていない創作者側とレベルが何も変わらない。要するに、決める側の自己満足。
だいたい、「強姦など法に触れる性行為や近親相姦を不当に賛美・誇張して描いた漫画やアニメ」という指定が「明確」だと言うけれど、「不当」って何やねん。誰の基準で「不当」なのかがさっぱり不明。「慎重に運用する」などという付帯決議も、曖昧さが増すだけで理解をさらに困難にしている。

現状では、双方が曖昧な基準を一方的に振りかざしているだけで、実際のところは何も健全な議論が成されていない。柔道と将棋の異種格闘技(?)戦とか、そんな感じにしか見えない。

尤も、以前にも書いたんだけど、こういう「法」と「文化」の対立は同じ土俵に立つのが難しい。「法」は理路整然と主張してくるんだけど、「文化」は常に判断基準が曖昧なので、リクツで戦うとどうやったって「法」には勝てない。この手の議論をする上で、その前提は認識しておくべきなんじゃないかと思う。
同じ土俵に立てないものを、全く同じでないにしても可能な限り近い尺度で評価するにはどうすればいいか。新聞でオピニオンを公表するなら、それくらいの提案があってもいいんじゃないかと思う。少なくとも、この記事書いた人がこれで金貰ってるとしたら、相当にレベルが低い。

「漫画以外でもインターネットを含めて子供を性的対象とする映像が氾濫している。子供たちの心身を守るためにも、公共の利益を踏まえた取り組みが必要だ。」なんて誇らしげに締めてるけど、そんなん誰でもわかってること。創作側だって、その点について異論は挟まないだろう。
ぶっちゃけ、「主張」なんて見出しでマスターベーション見せられても、読者が困るだけではなかろうか。
2010.12.17 Fri l 雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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