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『Graduation』

まあ、これを「面白い」と思う人を否定はしませんが、私が理想とするエンタテインメントの三原則「簡潔なテーマ、わかりやすいストーリー展開、約束されたハッピーエンド」のいずれも満たしていないので、全く評価はできません。

何だろう。全てが「べき論」で構成されてるんですよね。物語において「べき論」は重要なんですが、そこにどう裏づけを持たせるかが構成であり演出なんですよ。
簡単な例を挙げると、「名もない爺さんが突然現れて魔王を斃し、世界が平和になる」という展開は有り得ないんですね。要するに、魔王を斃すのは(広い意味での)勇者であるべきなんです。これが物語の「べき論」。ただ、勇者なら誰でも魔王を斃していいかというとそうではなく、「なぜその勇者は魔王を斃すのか」「なぜ魔王はその勇者に斃されるのか」という物語の裏づけが必要です。「主人公が主人公である理由」とでも言いましょうか。これが「構成」や「演出」と呼ばれるものです。

最終回を取ってみても、ゆりを迎えたのが音無、日向、奏、直井の4人だけだったという展開、音無の告白、ゆりが2番目に消えたこと……と、どれも展開上の「べき論」でしかなく、どれもこれも視聴者として素直に受け入れる理由が無いんですよね。なので、どこまで行っても「……で?」という感想しか出てこない。

『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』なんかも同類ですけど、こういうマスターベーション的作品が多いですね……。
2010.06.30 Wed l アニメ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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